品性がない

青山貴文 

小春日和の陽射しが、2階の書斎の窓からふりそそいでいる。西の窓辺で明るい白壁の家並みを遠くに見ながら、ウクレレをつま弾いていると、
「貴文さーん。立花さんがいらしたわよ」と妻が玄関で大声をはりあげている。
立花さんは40代半ば過ぎの朗らかな女性保険勧誘員だ。数年まえ、妻と私が生命保険について話を聞いてからの付き合いだ。時たまわが家にやって来る。
階段を降り6畳間の客間の襖を開けると、障子を背にして大きな座卓の前に彼女が正座して微笑んでいる。
「今日は、なんのお話しでしたかね?」
私はゆっくり、妻の脇にある座椅子に腰かけた。
「奥様の生命保険が満期になって、その一部を解約してガンの最新医療保険に入っていただけることになりました。青山さんのサインを頂きたいのですが」
先々月、立花さんがやって来た時、私の生命保険が満期になったとつたえられた。満期額の半額を最新医療保険に入れると、重粒子線・陽子線治療による無痛の高額医療がうけられるという。
「子孫に美田を残さずだ」と言って、私はその医療保険に入ることに決めた。
ところが、妻は自分のしっかりした人生観を持っている。私は、そんなものには入りませんよ。70才まで生きられたんですから、もう何も言うこともありません。全てあなたに残してあげますからね
さすが群馬の女性は、気風がさっぱりして淡々としていると思ったものだ。
「立花さんは、名勧誘員ですな。妻は2か月前、この保険には絶対はいらないといっていたんですよ。それを納得させて簡単に入れさせてしまうんだから」
わたしが、彼女の勧誘の巧さに心底感歎しながら云うと、
「そんなことありませんよ。ご主人にお話しして、奥様にお話ししないと、あとで『なんで私にも話してくれなかったの』と奥さんにおこられますから」
「だって、いざガンになった時のことを考えてごらんなさいよ。痛くもなく効き目が良い治療方法があれば、だれだってその治療を受けたいわよ」
妻は、あっけらかんとしている。
「多くの方が、そういって満期保険を解約なされて、最新医療保険に切り替えておられます。咋今、寿命が延びましたから」
立花さんは、胸元の開いた花柄の白いブラウスをゆったりと着ている。40歳代のはち切れそうな姿態で、障子を背にして書類に何か書いている。
柔らかな光が明るい障子を通して、彼女の衿足に静かに降りそそいで、いる。なかなかの情観だ。
「立花さんは、首の付け根がピンク色で若々
しくていいですな」
魅力を感じた私は、うっとりと眺めながらそう言うと、
「何を言うかと思ったら。藪から棒に」 妻は顔では笑いながら、立花さんにわからないように私の膝を突っついてくる。
「いや、思ったことを、素直に、言っただけだよ」
「いやだわね、立花さん。こんな亭主が相手では」
「いいえ、別にいやではありませんよ」彼女
は、楽しげに書類から顔を上げる。
「それごらん」女性の心理を良く分かってい
るつもりの私は、そう言って妻を見た。
「まったく、品がないんですから。そう思われるでしょう」
 彼女は職業柄、妻にも賛同しなくてはならない。
「青山さんは、おもしろいかたですわね。奥さんも、ご主人を『貴文さん』とお呼びになって、なんて楽しいご家庭だと来るたびにおもうんですよ」
 話を上手くそらして、われわれ2人に笑みをむける。さすが一流の勧誘員だ。
「結婚当初からですよ。呼びなれた名前は変
えられないですな」
「ごちそうさま」
以前、妻からエッセイを書く『感性がない』といわれたことがある。
今度は、『品性がない』と言われた。加齢とともに、厚かましくなったのか、それとも生まれつきの性格がでてきたのか考えていると、
「うらやましいご夫婦ですわ」
 立花さんは書き終えた書類にサインを求めてきた。               

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