一人で見る夢はただの夢
高橋 勇
「一人で見る夢はただの夢、みんなで見る夢は現実になる」イギリスのロックバンド ビートルズのリーダー・ジョンレノンの言葉である。「別府村の歴史を一冊の本に纏めよう」と12年前の平成23年に16人で見た夢はその5年後に実現した。
言葉は土地に根付いた文化そのものであり、その土地の気候風土や歴史、生活様式などによって長い間に独特の発音や言葉が生まれてくる。
近年、交通手段や通信手段などの発達から物事が国全体同時に進むようになり、地方の独自性が失われつつある。更にスマホなど、各種メディアの急激な普及によって新語も溢れ、家庭や学校、遊び場などでも地方独特の言葉(方言)が使われなくなってしまった。その結果、地方ことばも消え去ろうとしていることに一抹の寂しさを感ずる。
そこで、5年前の平成30年4月に公民館報で右の趣旨の賛同者を募ったところ、20人が応募してくれた。
全員が古希を過ぎた高齢者の集団であり、5年間という活動の過程で他界したり病に倒れたりで、最後まで参加して下さった方々は16人となってしまった。
編纂は、単語のみを集めてその標準語訳を作るのではなく、単語ごとに例文を挿入することとし、例文を読み重ねていくうちに嘗ての暮しぶりが思い浮かぶようなもの、読み物としても面白いものを目指した。
また、嘗ては普通に使われていたが、近年では差別用語として使用することが憚れる言葉も敢えて収録することとした。
更に別府独特な言葉(方言)に限らず嘗ては一般語として普通に使われていたが技術やライフスタイルの変化から、近年はめっきり使われなくなった言葉(消えゆく言葉)も収録することとした。
言葉集めの作業は、メンバーにはワイワイと自由闊達に発言や会話をして頂いて、私はひたすら言葉を拾い集めて収録することとした。
当初は思いつくままに単語を提供していただいた。半年で五百語近い単語が集まった。その後、それぞれに使用例の文を検討することとし、例文検討の過程で更に新しい単語を抽出した。その結果、二千近い単語が集まった。
例文は出来るだけ短く、嘗てのほのぼのとした暮らし振りが思い浮かぶようなものを期待したが、メンバー全員が子供の頃は悪ガキとはねっかえり娘だったので、ほのぼのとした暮らしぶりを思い浮かばせるものではなく〝別府ベラボー〟を再現する様なものとなってしまった。
例文を検討しながら幾つか気付いたことがあった。
「国破れて山河あり・・・・」という詩がある。杜甫のこの詩の意味とは少し違うが、現在は「国栄えて山河無し・・・・」という状況かと感じられた。七十数年前、日本は戦に敗れて食べるものも着るものも無かった。しかし、それによって餓死者が出たとは聞かない。それは、川や沼には沢山の魚が棲み、田んぼに行けばタニシやイナゴが、あぜ道にはノビルやセリなど、何やら胃袋に入るものがあった。まさに「国破れて山河あり・・・・」であった。
然るに近年は、用水は三面コンクリートに覆われ、魚介類の生息場所どころか産卵場所まで無くなっている。まさに「国栄えて山河無し・・・・」である。
また、別府には現在とは比較にならない豊かなコミュニティが存在していたことがうかがい知れた。嘗ての住人は大半が農業従事者で、ひとつの神社の氏子、ひとつの寺の檀家であったことから、村の行事や祭典への共同参加、共同作業が沢山あって、互助・共助のシステムが確立していた。また、ご近所や地域、老人や年齢を超えた人たちとの交流も盛んであった。こうした交流の過程で地域の歴史・文化・しきたりを継承してきたものと思われた。
月1回の会合を重ね、計51回の会合を経て現在は、校正・修正中であり、印刷物として完成するのは今年秋以降になると思われる。今回は20人が同じ夢を見て、歴史・文化の両輪である方言集が出来上がったことはとても素晴らしいことと思っている。
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